教科書や書物や新聞、雑誌も含め、
メディアが「いわゆる常識」を創造している。
書物を例にしても実際に著者がゼロから発見、調査、仮設、検証、結論を導くものよりも、多くは過去の書物や資料を参照して理論を積み上げて結論としている場合が多い。
ものによっては結論すら提案していない書物もある。
つまり過去の積み上げに
「諸説」が存在しているので
過去に修正があると
前提条件が狂ってしまう。
にもかかわらず、誤った前提条件で導かれた結論のみが「ある種の常識」として君臨してしまうことも珍しくない。
ここに注意と疑問が要求される。
何が本当なのか?
常識の枠にいないと社会生活に影響する理由で「とりあえず常識」を身にまとい日常生活をすることは「良し」だと思う。
しかし本能的に閃いた「非常識」が実は未常識で真実かもしれない。
人類の歴史を見ても
想定外の未常識が
新たな文明に貢献する可能性は
誰も否定できないであろう。
未常識と想像外が新しい文明に貢献
誰も考えないことを閃いたら「既存の常識」にとらわれるのではなく自己調査探究が新しい世の中に貢献するかもしれない。それは一般的に想像外の未常識であるが真実であり微細意識の声である可能性がある。